「はじめまして。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。福島と申します。ちょうだいいたします」

社会人生活が始まって約7年。未だに名刺交換はちょっと慣れない。

正確には名刺交換をした後の軽い世間話というか、ビジネスの本題に入るまでのつなぎのトークが苦手だ。

名刺を交換して、お互いの情報にサラッと目を通す。表面を見終わったら、さりげなく裏面へ。そうして、どちらともなく一言目を発する……。

こうして文字にすると対して難しくない行為のように感じるが、私はどうも苦手だ。

だから、どんな場面でも使いやすいある質問を定型文として使っている。それは、出身地を尋ねること。

「ご出身はどちらなんですか?」と問いかけ、相手が答えてくれた後に「そうなんですね。私は鹿児島県の出身で……」と後に続くことが多いが、あまり長く喋ってしまうと本題に使える時間が減ってしまうので、なるべく短く納めたいのが本心だ。

とはいえ営業でも打ち合わせでも、心理的な距離を縮めることはあらゆる物事をスムーズにさせるからコミュニケーションもしっかり取りたい。

欲を言えば、相手に親しみを持ってもらえたら一番良い。

でも短時間の世間話が苦手な私にとっては、かなりの高等テクニックだ。

自分以外に自社の人間がいる場合は、その人に会話を任せて聞き役に回ることもできるだろうが、私の場合は個人事業主なのでそれも難しい。

少しだけ私の話をすると、人と話すことは嫌いではない。

初対面の人と会うことに、多少の緊張はするけれど、基本的には「明日会うのはどんな人だろう?」とワクワクする気持ちの方が大きい。

「じゃあ、名刺交換の後のちょっとした会話なんて気にならないのでは?」という声が聞こえてきそうだが、違うのだ。

私は人との会話を短時間に納めることが、非常に苦手なのだ。

例えば、街中で知り合いと偶然会った時に発生するちょっとした世間話。

「急いでいるから」と切り上げてしまえば良いと頭ではわかっているのに、それができない。

最近では、良く行く雑貨店で「かざりちゃんだよね? 久しぶり!」と高校の同級生に声をかけられた。

パッとそちらに目をやると、お店の制服を着ていて「実はここで働いててさ……」と会話が始まった。

店内は閉店1時間前で、私以外には誰もいない。卒業以来の再会に、ノンストップで続く会話。

「そろそろ帰りたい……」と思っているのに言い出せない私は、別に買う予定もなかった入浴剤を手に取り「これ買うね」と伝えてレジへ。

そうして精算が済んだタイミングで「じゃあ、またね」と何とかその場を離れることに成功した……。

別に一言「帰るね」「じゃあ、またね」「お先に失礼します」と口から出せば、その場を切り上げることは可能だと思う。

でも、どうしてもその言葉が口から出せない。

難儀な性格だと思うけど、正直もう諦めているところもある。

そんなだから、名刺交換の後のちょっとした会話もすごく苦手。

キリよくコスパの良い会話の流れで、気持ちよく本題に移っていきたい気持ちとは裏腹に、ダラダラと雑談を続けてしまったり、時には冷たく取られても仕方ないような形で会話を切り上げてしまったり。

ああ、世間話って難しい!

そんな風に過ごす中で、ある時、名刺を新しくするタイミングが訪れた。

私の場合は個人事業主ということもあり、名刺のデザインは自由に決められる。

社会人になってからは100枚印刷し、配り終わるごとに新しい名刺を作っている。

今回の名刺はどんなデザインにしようかな、と考えながら、今まで交換した名刺を見ていると、あるアイデアが浮かんだ。

「そうだ! もう名刺の中に自分の自己紹介を入れてしまおう」

一般的に名刺に入っている情報といえば、所属や名前、連絡先などビジネス上必要な情報が主だと思うが、私はそこに自分のプロフィールを追加した。

文字数にして、332文字。

内容は出身地から始まり、今の仕事に至るまでの大まかな流れなど。

限られた面積にそれだけの文字を入れるのだから、当然1文字あたりの大きさは小さくなってしまう。

自分でデザインしてネットプリントで印刷し、現物が届いた時は「流石に文字が小さすぎたか……」と心配したが、それは杞憂に終わった。

名刺を新しくしてからの名刺交換はガラッとではないが、これまで私が感じていた苦手意識が100だとすると、82ぐらいは軽減した。

ビジネス上、必要最低限の情報しか載っていないのが一般的な名刺に、「鹿児島県出身で、2016年に立ち上げたブログをきっかけに、現在はライターをしています」と細かい情報が載っているのは珍しいようで、渡した相手の多くが「わ、すごくいっぱい書いてある」「プロフィールを載せてるんですか?」と反応してくれた。

またそれだけ情報があると、世間話のきっかけは相手が見つけてくれるようになり、「私も鹿児島県出身なんですよ」「私も昔ブログをやっていたことがあって……」と心理的な距離が縮まるような会話も、以前よりスムーズに始まるようになった。

たった1枚の小さな紙の中身を工夫することで、苦手だった世間話が苦じゃなくなった。また名刺交換に対する億劫さが緩和されたことで、ビジネスの本題にも自然な流れで移っていけるようになった。

たかが名刺、されど名刺。

最近は対面での出会いも増えてきて、今の名刺も残り少なくなってきている。

次の名刺には、どんな情報を載せようか。

ちょっと冒険をして、次は好きな映画のタイトルなんかも入れちゃおうかな。

 

 

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本記事は、天狼院書店が主催する「ライティング・ゼミ」で提出した課題文です。

2022年10月に公開した文章で、当時29歳でした。(ちなみに、今は31歳です)

アイキャッチ画像は、最新の名刺です。この記事を書いた時におおまかなテンプレートを決めて、テキストをアップデートしながら使っています。

 

過去に書いた文章を公開することにした背景は、以下の記事からご覧いただけます。