明日から寒さ到来らしいですね
かざり(@kazali0617)です。
日に日に佐多ねこと遊ぶ時間が増えてます。
もふもふでかわいい。
移住してすぐの頃は顔を合わせるとすぐ逃げていた猫たちですが、「おはよう」「行ってくるよ〜」と話しかける内にだんだん距離が縮まり、今では猫じゃらしで遊んでくれるまでになりました。
(たまにすごく面倒そうな顔をされるけど)
百均で買った猫じゃらしを破壊されたので家にあったリボンで代用したらめっちゃ遊んでくれるように👏🏻ギャンかわ😳
猫が立った時の太もも?がすきです。
撮影(@ayumusmsm )#佐多#佐多ねこ pic.twitter.com/p8qf6Fqq1Z
— かざり|本土最南端ブロガー (@kazali0617) 2019年2月8日
さて今日はわたしのことを知っている、もしくは応援している人にしか興味ないような、わたしの名前の由来について書いていきます。
わたくし、花咲里と書いて「かざり」と申します。
これまで同じ名前の人間に会ったことがなく(小学校近くで飼われていた犬や、仮面ライダーの悪役にはいた)我ながら珍しい名前だなあ、と。
初対面で自己紹介をすると、かなりの確率で「どんな字を書くの?」と不思議そうな顔をされ、「ん?かざりさん?」と二度聞きしてもらえます。
ブロガーとして活動し始めてからは、「芸名?ペンネームですか?」と聞かれることも増えてきました。
25年間こんな感じなので、この先もきっとこう。
いっそのことブログで自分の名前の由来について書いてみたら、案外おもろいのでは?と閃き、書いてみることにしました。
「花咲里」は、「花坐里」だった?
花咲里という名をつけてくれたのは、わたしの父らしいです。
両親はわたしが幼い頃に離婚し、わたしは母に引き取られたので父への感謝は大変薄いのですが、名前に関しては唯一といっていいくらい、心の底から感謝しています。
そんな両親によると、わたしが男の子だった場合は「竜」のついた名前になっていたそうです。
女の子だったら「花」がつく名前にしようと言っていたような。
わたしは女の子として生まれたので、花がつく名前で「花咲里」となったわけですが、元々は今の漢字ではなく「花坐里」だったそうです。
しかし坐は、坐禅の坐。仏教で使われる言葉は人名には使えないということで、市役所で申請が通らず、現在の「咲」という字に変更になりました。
なぜ坐が良かったかというと、花坐里だと画数が777だから。
今の花咲里は、画数が797。
個人的には花咲里の方が字面がかわいいし、「777ってパチンコやん」みたいに思った時期もあるので、今の漢字が気に入っています。
「花咲里」という名前の由来
十代の頃、名付け親である父に「花咲里の名前の由来って何?」と尋ねたところ、「花という歌があって、それが由来だよ」と教えてもらいました。
花〜すべての人の心に花を〜
川は流れて どこどこ行くの
人も流れて どこどこ行くの
そんな流れが つくころには
花として 花として 咲かせてあげたい
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
作詞/作曲:喜納昌吉
作詞作曲をされた喜納昌吉(きな しょうきち)さん。
わたしは知らなかったのですが、この記事を書くにあたり調べたら、音楽家であり、平和活動家、政治家でもあるんですね。
この歌が由来だよと言われた時は、あまりピンときませんでしたが、たまに思い出して歌詞を検索するので、何かしら自分の心に響いているんだと思います。
たまに電話で話す時、父はよく「何事も楽しんで」と言ってました。
何事も楽しんで、自分だけの花を咲かす。
きっとそんな意味が込められています。
あるある/ないない 間違い
花咲里という名前。
生まれてから25年間この名前で生きてるから当たり前に読めるけど、他人の名前だったら多分読めない。
ということで、ここでは花咲里という名前の、あるある間違いをご紹介〜!
よくあるのは、「あかりちゃん」「ゆかりちゃん」
〜りちゃんというのは頭にあるけど、でだしが思い出せないパターン。
でだしは思い出せたけど、真ん中がわからん!パターンとして「かがりちゃん」と呼ばれたこともあります。
個人的に誰かの間違いを正すことは、すごく勇気がいることだと思ってるので、文書的な間違いでなければ何事もないかのように返事をします。
(でも心ではムッとなる)
ないない間違いは、人生で1度だけあるんですけど「はなざかりさん?」と言われたことがあります。
「あんた!本当に!はなざかりって読むと思ったの?人の名前やで!」と目尻がピクつきましたが、グッと飲み込みました。
呼ぶ時は、かざりちゃん/さん どちらでも〜。
わたしの名前の由来と、名前にまつわるエピソードについてはこんな感じです。
名前が珍しいのであだ名がついたことは、ほぼない。
学生時代は「かざりん」「かざ〜」と呼ばれることが多かったかな。
高校の時に突拍子のないあだ名が欲しくて「みんなを野菜で呼ぼう!」「わたしのことは、あすぱらがすって呼んで!」と血迷ったこともあったな〜。
名前が変わってることがコンプレックスだった時期もあったけど、今はめっちゃ気に入ってます。
唯一無二感半端ない。
大勢といっしょを嫌がる自分に、ぴったりだと思ってます。
や、逆にこんな名前だからそんな自分になったのかもしれない。
名は体を表すといいますしね。
これからも色んな人から、「かざりちゃん〜」「かざりさん〜」と呼んでもらえるような、徳の高い人間になりたいなあ。
以上、ここまで読んでくれてありがとうございました〜!
今朝の佐多はちょっと寒い。おはよう😃です。
— かざり|本土最南端ブロガー (@kazali0617) 2019年2月7日