3/13の夜、布団の中で思い出した。

(明日はホワイトデーか)

バレンタインには何を渡したっけ?

あ、そうだ。

生チョコタルトを手作りしたのに、途中で放置したんだった。

 

***

 

話し合いがヒートアップするほどに感情的にふるまう私と違って、彼は自分の意見は言うけど声を荒げることはなく、とても穏やかだ。

あの日だって一方的に機嫌が悪くなったのは私で、せっかくのバレンタインなのにチョコを渡せなかった。

いや、正確にはお皿に盛ってちょっとしたデコレーションを施せば完成だったのに「もういい!」と大きく宣言してそのまま台所に放置したのだ。

 

彼のそばを離れ、1人部屋の隅で丸くなっていると頭の上から声がした。

「一緒に食べよう」

見上げるとお皿を持った彼が立っていた。

 

コトッと優しくテーブルに置かれたのは、彼らしいデコレーションが施された生チョコタルト。

彼が仕上げてくれたらしい。

「おいしいね」「作ってくれてありがとうね」

口元に笑みを浮かべながら、素直に言葉を紡ぐ彼。

素直になれない自分が悲しくて、泣きながらいっしょに食べたバレンタイン。

 

***

 

今日はホワイトデー。

バレンタインは彼といっしょに作ったも同然なので、特にお返しは求めていなかった。

期待してないといえば嘘になるが、特別催促したりもしなかった。

でもホワイトデー当日の朝、途端に何か欲しくなってしまった。

「おはよう。今日はホワイトデーだよ」

同じ布団で目覚めた彼に、すました顔で言ってみる。

 

「知ってるよ」

しかし、その後に続く言葉はない。

私も「お返しは?」なんてことは言わない。

「ふーん」と返し、毛布をかぶり直してスマホをいじる。

(そろそろ顔でも洗うか)

ピンポーンとチャイムが鳴った。

 

「念のため、ちゃんとのぞき穴で誰か見てから開けてね!」

玄関に向かう彼の後ろ姿に声をかける。

 

ガチャ。

鍵が開く音と、少しの話し声。

しばらくして「ありがとうございました〜」と扉が閉まる。

 

「誰だった?」

布団に入りながら声をかけると、紙袋を持った彼が立っていた。

「ホワイトデーだよ!」

 

この人は、ほんと。

彼に嬉しいことをしてもらえるといつも泣いてしまう。

感動なのか喜びなのか。

あたたかい気持ちが溢れて収集がつかなくなって、私は泣いた。

 

「ありがとう」と涙声で伝えて袋を受け取る。

「開けていい?」と尋ねると、はやく!と急かした顔と目が合った。

袋の中には京都のなんちゃら右衛門の抹茶の生チョコが入っていた。

 

1か月前のバレンタインを台無しにした私と違って、完璧にサプライズを成功させた彼。

(この人、なんで私と付き合ってるんだろう)

彼と付き合った2年間、何度そう思ったかわからない。

でも、彼がサプライズを仕掛けてまで喜ばせたい相手は私らしい。

 

来年のバレンタイン。

今度は、私が完璧においしい何かで喜ばせてやろう。